June 2008アーカイブ




会社の台所に置き去りにされたコップが多数あって、煩わしいので一人でカチャカチャ洗っていた。すると、女子がやってきて、



「コップ洗ってる?」


「うん。歯磨くついでに、ちょっと気になったから…」


「うそ、偉~い!」


「これが普通の会社じゃないの?」


「ここだと女子しか洗ったりしないよね?」



なんて、別の女子にも同意を求めていた。おい、マジでやめろ。これから毎回洗わなきゃならなくなるだろ!やる気がなくて、放置したら『やっぱりあの時は格好良いところ見せたかっただけなんだ…』って陰で言うんだろ?ほんとに恐怖です…。もう、毎日のように、コップ洗う、仕事、しなきゃ…。



それはおいといて。




「あのさ、聞きたいことがあるんだけど…」



何?と首をかしげる会社の女の子。



「周りにフリーな女の子っていない?」



と言ってみたらどうなるか考えてみた。



「…わたし、フリーなんだけど…」



こういうことって現実の女の子は言わない。いや、年下をからかう感じで言う場合もあるけど、彼女に限ってはない。



そもそも、何故こんな想定問答をしているかと言うと、今日は彼女に占いの話をした。



「3月生まれだっけ?」


「うん、わたしはおひつじ座だよ」


「今月はあんまり良くないみたいだね」



そんな軽い流れで会話は始まり、彼女がそのページを声を出して読み始め感想を言う。



「全体運はやっぱり良くないんだ…。恋愛運は…、これはいいや。」



と文章を読み飛ばす。



“ああ、やっぱりこの人は彼氏よりお酒飲むほうが大事なんだ”



と感じた。さすがにその後に、こっちの誕生日か星座くらい聞いてくれるかと期待していたけど完全にスルーされた。まったく関心をもたれていない。よし、死ぬか。



なので、彼女に対してイジワルなこの質問。



「周りにフリーな女の子っていない?」



さりげなく、恋人を探していることをアピール。女なら誰でも良いとか思われるだろうな。けれど、彼女に対してキープされてるだけじゃ進展も何もないので、少しだけ波風立ててソワソワさせてみる。「恋人を探してる」なんて思わせるだけで、向こうに気があれば何かしら焦ってくれるだろう。



こういうこと考えて行動すると、彼女にこう言われたりするんだよな。



「うん、良いよ。紹介してあげる」





今の会社にあたらしく上司が入って、仕事上の関係が非常にややこしくなった。



上司がいることで自分が素晴らしい仕事をしたとしても、周りからは評価されないだろう。



「彼には上司がいるから、上手くまとまってるんでしょう?」



なんて言われて、結果的に自分の上司の評価が上がるだけだ。何となく、中途半端に口だけ出してきて、あたかも全て自分の手の内みたいに見せかけてくる上司の手口も汚い。ほんとに大人は汚い。そのうち、次にはこうなる。



「ああ、あの大人しい子ね。彼の上司の指示で動いてるようだけど、良い仕事するよね」



こんな状況では、いつまで経っても自分の評価なんて上げられっこない。評価が上がらないから給料だって上がらないだろうし、モチベーションも上がらない。なんて悪循環だ。



そもそも、何故あたらしく上司が入ったかというと、会社が失敗することを極度に恐れていたからだと思う。仕事のミスなんてありえないこと、そう考えていたんだろう。



だけど、誰だって失敗しながら仕事を学んでいくべきもので、誰だって最初から完璧になんてこなせるはずがない。そんな誰もがする失敗を会社が怖がっていたら、会社には失敗を恐れて自己保身に走る馬鹿しかいなくなる。



会社の女の子は、それでも失敗しないように何度もノートに書き留めて何度も読み返すようだった。だけれど、会社は一度彼女がミスをしたくらいで完全に否定して客先には出そうとしない。彼女の成長できそうな案件ですら、会社が失敗を恐れて作らせてもらえない。



こんなん状況じゃ、デザイナーとして成長なんて出来ない。失敗してこそ学ぶものがあるし、2年も3年もずっとMACの前で作業じゃいくら何でも可哀想だ。最初は誰だって失敗するんだから、それは早ければ早いほうが良い。どんな馬鹿でも、何度も同じ過ちはしないだろう。



『企業も人も臆病になったら終わり』



失敗を恐れていたら何も出来ない。失敗を恐れるあまりミスを隠す。失敗は必ずするもので、失敗は成長の糧となるもの。人を育てたいなら失敗を恐れるな。



なんてことを会社の社長に直接言ってみる予定。いや、マジで死ぬかもな。こんなくだらない会社だからいつ辞めたって構わないんだけど、就職活動を考えるとプチ鬱。




会社の女の子が書店のカバーのついた本を持ってきて言う。



「奥付にはこういうのが書いてあるみたい」



著者名とか出版社名とか書かれてる見本が必要だったため、彼女がどこかから本を持ってきた。その本を指差して言う。



「そっか。じゃあ、必要なのはこれとこれと…」


「わたしは、そんなにいらないと思うけど」


「でも減らしたら情報なくなるよ?」


「そうだけどね」


「じゃあ、スペシャルサンクスもいれとく?」



すこしだけ笑ってから、「じゃあ…」と言ったあと何人かの名前をあげるノリの良い彼女。



「それで良いんじゃない?」



そう彼女に言うと、ウンと満足げに頷く。すこしの間をおいてから、仕事の雰囲気に戻して彼女に話しかける。



「冗談はおいといて、これとこれだけにする」


「そうだね」



と、手元の本をパラパラとめくる彼女。太字で書かれている見出しがすこし見えたので口に出して言ってみる。



「『状況に強くなるには』…」



すこし読み始めた途端、脊椎反射のように本を閉じる。すこし恥ずかしそうにする彼女。



「ところでそれ、何の本?」


「え、教えなーい」


「私物?」


「うん、電車とかで読んでるやつ」



話題に触れたくないのか席に戻るような素振りを見せる。さらに彼女に質問してみる。



「なんかさ、精神論みたいなの読んでる?」



首を振る彼女。手に持った本を隠すようにして答える。



「わたしはそういう本読まないし…」



そのあと、一人で長々と言い訳を始め



「…だから、精神論みたいな本って全然読まないよ」



その様子を何も言わないで、ウンウンと頷きながら見ていた。すると、少し怒ったような口調で彼女が言う。



「もう!なんで何も言わないで笑ってんの?信じてないでしょ?」



と、言われた。かわいいなー。





「社内恋愛ってしてみると結構楽しいですよ?」



と、以前会社の女の子がお酒の席で言っていた。そのあとに生々しい話をされたんだけど、全く話題に入ることが出来なかった。社内恋愛の経験もないし、普通の恋愛すらまともにないんだけど。それはともかく、その会社の女の子との関係に発展が見られないので、簡単にまとめつつ作戦を練ることにする。



5月23日 誘われて一緒にランチに行く


5月30日 誘われて2人きりでお酒飲んで楽しく会話


6月3日 一回目にデートに誘うも急遽中止


6月17日 再度、デートに誘うも、おあずけ


6月19日 誘われて一緒にランチ2回目


6月25日 誘われて一緒にランチ3回目



経緯を見ると誘われてばかり。彼女の性格的なものなのか、異性を甘やかすタイプの女性に思える。それに彼女いわく、



「追い掛けるのが好き」



らしい。彼女に対して積極的に攻めるのも効果的な気がするが、本能的というか性欲直結みたいに見られると嫌われる。逆に何もしなければ「弟タイプ」で発展もなく終わる気もする。このバランスが難しい。



『基本的に女の子は年上が好き』



異性は頼りにならないといけない。身体的なもので、身の危険から守ってくれそうとか。精神的に理解してくれて心のケアをしてくれるとか。金銭的に余裕があるから頼りになるとか。



彼女と話していると現実をシビアに見ている。相手の給料が自分と同等かそれ以下で、婚期前に逃げられる可能性も高い年下となると、より慎重な見定めが必要になる。かといって、慎重に選んでる時間も無い…。今は適度な距離を保ちつつ様子見してる段階。



社会人同士の付き合いを発展させるのに最適なのが、結局のところ飲み会しかないような気がする。だから、異性を誘うときにこう言う。



「一緒にご飯でも食べません?」



夜中に2人で食事して、お酒も入れば何かしらの過ちが起こっても不思議じゃない。そうやって関係を発展させていくのが基本で、デートに誘ってどうこうは時間のない社会人はしないかもしれない。



もう自分の恋愛レベルが低すぎて、どうアピールしていけば良いか分からない。しかも相手が年上って、どんだけ難易度高いんだよ…。





「こういうことが続くと辞めたくなる」



朝から仕事に関してのトラブルが続いたことでイライラしていた。そこへ会社の女の子がやってきたので、反応を伺うように経緯を話してみた。冒頭のことを言われた彼女は、驚くような表情と悲しげな表情を同時に浮かべて



「そんなこと言わないで、もう半年くらい頑張ろうよ」



そう言った。彼女のために頑張りたい気持ちももちろんあるけど、自分にとっても貴重な時間を今のくだらない会社で浪費してしまうことには躊躇ってしまう。



そのあとで、話題を変えて仕事のバッドサンプルを彼女に見せて説明しながら、



「これくらいのレベルなら簡単だし、絶対にこれより良いものが作れるでしょ?」



そう彼女に伝えると、曇ったような表情をして悩み始める。



「自分ならこの仕事は、この人に発注をするけど」



と、彼女を指して言う。すると、照れたような笑みを浮かべ、そんなことないよと謙遜する。彼女にとって励みの言葉となったのか、テンションが上がったみたい。思い立ったように



「中華が食べたい」



と彼女が言い放ち、一緒にランチを食べる3回目の約束をした。




「全然仕事が来ないときがあってさ…」


「うん」


「あの人に媚び売ったこともあったなー」



と、独身男に対して行っていたことを教えてくれた。苦い過去を思い出すように。その顔は明るくは無かったけれど、やっぱり彼女は食べるときにとても幸せそうな表情をする。それを無言で見ていると



「なに?」



と顔をひねって、言葉を促すような態度をとる。かわいいなって思って、などと言えるはずもなく別の話題をするんだけど。お互いの評価や、周りに対して思うことなんかを話して共通点を探すような会話で盛り上がった。




“会話なんて共通点を探すためのもの”



結局、自分が言いたいことって相手は質問してくれない。『会話はキャッチボール』というよりお互いに好きなことを話して共通点を探すだけのような会話が多い。



2人で会社に戻ってすこししたあと彼女に声を掛けられる。



「今って忙しいですか?」


「ううん、そんなことないよ」



そうして、お互いの理解を深めるような話を1時間くらい続けた。「関係が親密になりつつある…」なんて少し考えたものの、そう思うのは自分だけで、もしかしたら彼女に上手く媚びられてるだけなのかもしれないとも思う。永遠に答えを知ることはないんだろうけど…。



しかし、何を基準にあと半年なんて言ったんだろうか。





「週末は何してた?」


「わたしはね、うーんと…。3日間ずっと飲んだりしてたよ」


「そうなんだ。だから月曜の朝はテンション低かったの?」


「そう」



笑いながら彼女は答えた。



今の会社の女の子と親しくなって随分と時間が経ったし、彼女がどういう人間なのか理解してきたつもりだ。今回は視点を変えて、自分の内面を含んだことを書こうかと思う。




「何で、わたしなんかに優しくしてくれるんですか?」



最初にそう聞かれた。優しくすることに理由を求められた。答えとしては「好きだから」と言いたくなるけど、下心は無かったから自分でもよく分からなかった。でも、優しくすることに対しての“見返り”をどこかで期待していたのかも知れない。



そこで仮に、彼女にこう言われたと仮定する。



「優しくしてくれたお礼にデートして、1回くらいならエッチさせてあげる」



嬉しいは嬉しいけど、何か違う。自分が求めていることは、こんな見返りじゃない。



『されて嬉しいと思うことを他人にもしてあげる』



そんなことを小さい頃に言われた記憶がある。これに当てはめると彼女に求めている見返りというのは、



「優しくされたいから、優しくしている」



ということ。構ってもらいたいし、やっぱり女の子から優しくされたら嬉しい。幸せだ。では、彼女が欲しがる幸せは何だろう?と考えを膨らませてみる。そうすると、冒頭の会話につながる。



“お酒を飲むのがとにかく大好き。今は彼氏とかよりも、お酒飲んで騒いでいる方が幸せ。”



たぶん彼女はそう考えているんだと思う。だから、デートに誘ったときも曖昧な答え方で逃げられたんだろう。


自滅、自棄 - 迎撃blog



デートを断ることで仲が悪くなり、優しくされなくなることは回避したい。なので、代わりと言っては何だけど、ランチ一緒に行きませんか?という意味なんだろう。だから、やはり恋人候補にはなってない。



恋人と付き合うことの背景には、必ず利害の一致がある



本当に好きな気持ちだけで付き合うのは学生時代だけで、それ以降は純粋な恋愛はできない。


恋人って何だろう - 迎撃blog


以前から何度か書いたけど、本当にそのとおりだ。今の会社の女の子に対しても、お互いの幸せと思う部分が一致していない。エッチしたいなら、したい同士で付き合えば良いし、お酒を飲むのが好きなら、飲むのが好きな同士付き合えば良い。



恋愛って結局それだけのことを、愛だ恋だでオブラートに包まれているだけで、お互い想い合う恋愛なんて誰もが簡単にできるものじゃない。一方通行だったり、上手く利用されてるだけだったり。それでも、誰かに必要とされたいからアピールするんだけど。



どうなんだろうな。今の会社の女の子に対しても少しクールダウンしたというか、彼女の幸せを尊重すると恋人として付き合う自信はない。根拠の無い自信を振り回して、絶対に幸せにするなんて言えるような性格じゃない。



デートを断られたり、アピールしたのに失敗したときに思うことは



「じゃあ、別の誰かと付き合えば?」



なんてことを、すぐ考えてしまう。だから諦めが早い。ここで、それでも好きなんだ。今度こそ、どっか一緒に行かない?と、そう考えを切り替えてアピールしていけば、相手もそれだけ本気だと感じるしデートの1回や2回は出来たはずなんだ。



今の会社の女の子だって、新しく入った上司と喫煙所で仲良く会話しているようだし、何だか自分が必要とされていない感がある。となると、性格的にどうでも良くなってきて



「じゃあ、その上司に助けてもらえば?」



なんて、興味ないように冷たく振舞う。こういう性格を改善しないと、恋愛できそうにない。





会社の女の子がもう辞めるつもりで待遇のことを社長に直談判すると言っていた。今週の木曜日で何かしら彼女なりの決断があるんだろう。今日は朝から落ち込んでいる様子で、いつもの元気が見られなかった。



彼女の側に行っても、違うことで悩んでいて気付かないようだったので声を掛ける。



「なんか、元気ないね?」



顔を上げた彼女は無理に微笑んだような表情を見せる。すかさず、



「これあげる。いつも仕事がんばってるから。」



と言って、日曜日に買ってきたプレゼントを彼女に渡す。すると、いつものような笑顔が少し戻った。彼女が答える。



「いつも、ありがとうね」



そんな彼女の反応を見て楽しみながら、うんうんと頷く。そのあと、急用の仕事で急かされたみたいで



「また、あとでね」



と言って彼女は仕事に戻った。結果的に、彼女の落ち込んだ気分を多少は晴らすことができた気がする。なかなか良いタイミング。



その後、プリンター周辺を掃除している彼女。



「どしたの?」



と声を掛けると、掃除用のガムテープロールをケアしながら彼女が答える。



「うん、ここ汚いのが気になってさ」


「そんなに汚い?」


「たぶん、前の使ってたやつのホコリが付いてたみたいで…」


「そっか」


「うん…」


「なんか元気ないね」



そう聞くと、彼女はこちらの目を見ながら何も言わずに顔でウンと頷く。周囲でデスクワークする人たちに聞かれることが嫌だったんだろう。だが、続ける。



「悩み事?なんか悩んでる?」



それにも、何も言わずにウンとだけ頷く。おいおいー、気になるだろー。でも、聞けない。だから、彼女にガムテープロール貸してもらって近くで掃除してるだけ。「よく取れるねー」なんて他愛ない会話しながらね…。



たぶん、26日の社長直談判で悩んでいる気がする。午後は少し吹っ切れたみたいに普段のテンションに戻っていたけど。今までの彼女は弱みを見せたがらないところがあって、「泣きそう?」なんて聞いてみても



「わたしは絶対人前で泣いたりしない」



みたいに強気に言うことが多かったけれど、今回は素直に弱いところを見せてくれた気がする。いつもとすこし違う彼女。




何とか系男子っていうカテゴリー分けでブームを作り、あわよくば彼女をゲットしようみたいな空気ってあるよね。それでメガネ男子も定着してきたし、次のブームを作りたい。



アピールされる女の子もいないし、特に好きな女の子もいない。積極的にアピールすることもないし、出会いもそんなに求めてない。でも、告白されたら簡単に付き合ってくれるような軽い感じの男子。



それが競争率0倍男子。



つまるところ、「いない暦=年齢」ってことだけど…。人生を生きてきた中で、たぶん競争率0.2倍男子くらいが自己ベスト。もう競争率が全然ない。





「あれ?プリンターエラー出てる…」



そう会社の女の子が言う。今の会社であたらしくプリンターを導入してから初めてのエラーだった。すこし落ち込むようにする彼女。



「なんでエラーしたのかな?」


「ごめん。なんかMACの調子が悪いみたいで…」


「あ、そうなんだ。プリンターのせいじゃないんだね」


「うん」


「良かった」



古いプリンターを使っていたときには、エラーを起こすたびに彼女はストレスを感じていた。そのため、彼女はエラーに対して敏感になっていた。イスに座る彼女の側に屈んで、下からの目線で言う。



「なんかさ、自分の調子が悪いとMACの調子も悪くなるみたいだね」



そう暗い表情を出して言うと、彼女が心配そうに聞いてくる。



「調子悪いの?」


「うん、さっきもエラーでて再起動したんだけどさ…」



と、ここで彼女はたぶん体調のほうを心配して聞いてくれていたんだと思う。自分もその話をしようかと思っていたのだけど、自信喪失状態で深く聞いてこないだろうと判断をし、曖昧なままで話題を切る。すると、こっちの目を見つめながら彼女が言ってくる。



「なんか、噛み合ってないね」



自分は会話するのが苦手だという意識が強いし、そのことで余計に考えこんでしまい、会話の間がおかしくなることや質問に対する答えになってないこともある。けれど、何故その発言に至ったのか考え意思疎通しようと試みる女の子はタイプだ。



考えてることに興味を持ったり、理解しようとしてくれたり。



「いつも考えすぎだよ」



そう彼女から言われたこともある。石橋を叩いて渡る、それ以上に何度も叩いて結局渡らないような性格。逆に彼女の場合は、とにかく思った瞬間に行動するタイプらしい。全く正反対。合わないのか、それとも互いの足りない部分を補えるのか。



その日は落ち込んだまま自分の机に座って、何もせずモニターの明かりだけを見つめていた。デートに上手く誘えなかったこと、仕事に対する不満、空虚感。彼女が隣の席に来て何か作業していることに気付いたが何の反応もしなかった。どうせ、話すこともないし…。なんていじけていたのだけど。



すると何となく、ふと後ろを振り返った。そしたら、1メートル後ろの距離に彼女が立っていた。何て言ったら良いものかなっと考えを巡らせて見つめ合うこと数秒。素っ気ない態度をして彼女に言った。



「あ、居たんだ…」



ウン、と頷く彼女。そして口を開く。



「なんか、寂しい後ろ姿してるね」



そう、言われた。なんか答えなきゃと思って考えを巡らせていると、彼女が一歩一歩進んできて距離を詰めてくる。そして今進めている案件に対して一生懸命に話題を振ってきた。楽しそうに、元気付けるように。たぶん、プリンターがエラー起こしたときの「調子が悪い」と言ったことを気遣ってたんだろう。



で、そのあとはくだらない会話の話に続いてくるんだけれど…。


考え方の大人と子供 - 迎撃blog



彼女は優しすぎるほど優しくて、努力もしている。けれど、周りがそれを誰も認めないし自信を失っている。変なところで弱気になっていて、主張があっても大人しくしてしまう。このままじゃ報われない。



「思い切って辞めちゃってさ、たくさん迷惑かけて辞めれば良いじゃん」



そう彼女に言ってみたこともある。



「わたしも辞めるのは考えたけど、迷惑はかけたくないんだ。それは、今までの人がわたしにしたことと同じだから、同じことを他人にはしたくない」



そう彼女は答えた。優しいが故に、すべての被害を自分が被ってしまう。そして、彼女だけが責められる。会社の中で逃げ場がない人なんだと思ったら、実際にその通りだった。



その女の子が「会社にいるのも辛いから逃げ出したい」と感じても辞めていないのは、きちんと引継ぎをして迷惑をかけずに辞めたいという理由もあるんだろう。ほんと健気…。彼女は決してそうは口に出さずに自分のためだと言うけど。



考え方がしっかりしていて、軸がぶれてない。そういう女の子に惹かれてしまうんだろうな。




くだらない会話。周りの人間が集中して仕事をしているときでも、気を遣うことなく中身のない会話を延々と続ける。そのうち静かになるだろうと思ったけど、そんな気配がまるでない。あまりにイラついたので、もう仕事する気力すらもなくなる。



彼女の席に行って言う。



「ひと通り仕事片付けたし、かえろっかな…」


「そうなの?あ、これ。みてみてー」



と、彼女のしていた仕事状況を見せられた。モニターを覗き込むようにして言う。



「うん!悪くないじゃん」



フフフと笑いを含む彼女。



「それでさ、あれ酷くない?」



と、周りで騒いでる連中を指していう。



「でしょ?」


「あり得ないよね…」


「うん、でもいつものことよ」



そう明るく言う彼女。そのあとに、「あ」と発音してからこう言う。



「そうだ、データの整理ちゃんとしてる?」


「なんか問題あった?」


「うん、わたしが見たときデータ入れ忘れてたよ」


「それなら、さっき入れといた」


「じゃあ、大丈夫。うん。」


「そう言えば、きちんと昔のデータもまとめてたね」


「だって、誰もやらないんだもん…」



彼女が関わった案件の仕事に関して、誰が見ても分かるようなデータ整理の仕方をしていた。それは、この会社自体の何年にもわたる問題で、データをまとめることなんて誰一人としてやっていなかった。そのことで問題が起こるたびに誰かが責められ、結果的に人の出入りが激しい会社となっているらしい。



そう、彼女はそんな誰も見てないところで努力をしているにも関わらず誰からも認められてはいない。対称的に周りの人間は、『くだらない会話』で馬鹿騒ぎしている。健気な彼女を見て胸が熱くなる。



「がんばってるんだね」



そう彼女に伝えると、うんと小さく頷く仕草を見せる。そんな、ありきたりな言葉で彼女に対して思っている気持ちを表現しきれなくて、2人の会話に少し間があく。そんな間にすら騒いでる声がはいってきて、思わずため息を吐く。



「なんかね…」


「うん?」



表情を読むようにこっちの目を見つめる。



「可哀相だね」



それをまた微笑みながら聞いてる彼女。もう、ほんとに無理しなくて良いんだ、あんな馬鹿連中のために苦労して身を削ってまで仕事することないんだ。そんな気持ちだったんだと思う。けれど、何て言えばいいか分からなくなって言葉に詰まる。



彼女にかける労わりの言葉を探しながら言う。



「なんかさ、見ててもう泣きそうになる」


「っていうか、もう少し泣いてるじゃん」


「だって悔しくない?」



すこしの間、考えを巡らせて言葉を探す彼女。



「悔しいよ」


「もう無理しなくても良いんじゃない?」



どうも彼女は頑張りすぎる癖がある。今頑張っているのは自分のためで、今まで働いた3年間を後悔しないためだと教えてくれた。今は基礎を教えてくれる人たちがいるし、周りで騒ぐ彼等のために仕事をしているわけじゃない。そんなことを言われた。



納得できないところもあるし、「それでも…」と反論したかったけど、純真な彼女を見ていると上手く言葉にすることが出来なくなり感情が先走ってしまう。だから、彼女が今している仕事に対しての基礎的な部分をたくさんアドバイスしてあげた。



そのまま一時間ほど話していたと思う。



「お腹減ったー」



そう言う彼女に差し入れ買ってこようか?と提案する。乗り気な様子を見せる彼女。ちょっと行ってこようかと真剣に考えてると、



「本気にしちゃう?」



とからかわれた。そのあとで帰ることを伝えると、休憩をとり会社の出口までついてくる。出口の前のちょっと隠れた場所で彼女と会話をする。



『今は真剣に仕事に取り組んでいて凄く勉強になる。どんなものでも、自分のためだと思えば頑張れる。それが例え嫌いな相手からの仕事だったとしても。』



そんな彼女の考え方と反対に自分がしている仕事。



『嫌いな相手からの仕事は手を抜くし、条件が悪ければそれなりのものしか作らない。』



そう比べてみて、自分はまだまだ考え方が子供なんだと改めて実感した。嫌いな相手となんて仲良くなれないし、上辺だけでも仲良くする気はない。そう態度に出しているんだと思う。



そのあとも、ずっとお互いのことを話していて彼女の大人な考え方に驚かされた。



「しっかりした考え持ってるんだね」


「うん」


「意外と…、いや、意外でもないか」


「そうだよ」



すこし怒ったような口調で言う彼女。



「ごめん、口癖なんだ…気をつける」



そこで、フフと笑う彼女。ドアに手をかけてお腹から力をこめて彼女に言う。



「おつかれ!」


「うん、おつかれさま」



彼女の考え方を聞き出せて満足したのか、どこか晴れ晴れとした気持ちになった。そして、自分も彼女のように頑張らないといけないなと仕事に対する考えを改めた。



彼女が頑張っている姿というのを周りが誰1人として理解していないから、自分が彼女にとっての一番の理解者となりたいな、なんて甘い願望をもった。





「おつかれさまー」



そう言って3人で乾杯する。自分と会社の女の子、そして新しく入った上司にあたる人。彼女はお酒を飲んでるときには、すごく幸せに浸っているような顔をする。本当にお酒が好きで、飲み屋さんの雰囲気とかも大好きなんだろう。そして上司から言われる。



「こんな美味しそうにお酒飲む人いるんだね」


「だって、こんなに美味しいじゃん」



そう言って、天を見上げながら至福のときを楽しむような表情をする彼女。いろんな話をするうちに、会社の人間関係の話になる。すると、至福を感じていた表情ががらりと変わって口を荒げて言う。



「あの人に、『33くらいになって忙しくて働きたくなくなったら結婚しよう』って言われて、絶対するか!って思ったんだよね」



独身男からのアピールも日頃からあるらしく、怒っている様子だった。



「だから、あいつはみんなの前で中途半端とか言われるんだよ」



幾分エキサイトしてきたので、まあまあと静めるようにお酒を勧める。そこから今度は彼女に足りない部分、こう改善したら良いんじゃないかと言う話になると飲むのを控えて、すこし落ち込んでいた。



そのあと彼女は自分の今までの話。社内恋愛したとか、親に結婚反対されたとか、親からエッチだけはしないように言われてたとか、本当に思いのまま話した。自分にとってそんな経験、想い合える存在がいたことなんて一度もないからあまり深くは聞けなかったけれど…。



家族の話とか苦労話とかひと通り話し終わると、一緒に参加したお葬式の話になった。



「だから、わたしも親しくされた人だし、なんかね…」



チラチラと彼女の方を見ていると、感情が高まっていて今にも目から涙が溢れそうになっていた。そんな視線に気付いたのか急に遠くを指差して彼女は言う。



「あれ?あっちで何か動いてるよ?ちょっと見てきてよ」



と、涙を見られないように誤魔化し始める。結構かわいい。



そのあとも会話が続き、自分が彼女に対して普段から誉めることが多いせいか



「そんなに才能とかないし、わたしのこと誉めすぎじゃない?そう思いません?」



と、視線を変えて上司の方に話題を振る。けれど、「そんなことないよ」と否定される。考え込む様子の彼女。



「だから、そんなに弱気になる部分じゃないよ?」



そう彼女に言うと、独り言のようにつぶやく。



「そうなのかな…、それでも誉めすぎだよ」



もっと彼女は自信を持つべきだし、誉めることはたしかによくする。けれど、ダメだと思うものにはダメと言うし正当に評価している。彼女にとっては嬉しいことだけど、不安になっていたんだろう。たしかに以前に誉めてあげたときも



「あんまり言われたことないから、ドキドキする」



なんてことを言っていた。



こんな優しい言葉をかけてくれるメンバーが揃ったこと、それが今の彼女にとってもの凄く嬉しいことらしく、終電まで一緒に騒いでおしまい。それにしても、喜怒哀楽の感情表現が豊かで忙しい人だなと感じた。



「ほんとに見ていて飽きないよね」




そして、疲れが取れないまま出勤。すこし彼女との距離も縮められたのかな…。彼女の仕事に対して純粋な気持ちで伝える。



「さすがだね、これすごく良いじゃん」



そう言うと、すこし困ったような表情を浮かべる。



「…だから、それは誉めすぎだよ」



と、前日のやりとりを思い出したように繰り返してすこし微笑む。彼女が素直に言葉を受け止めて、自信がもてる日がくれば良いのにな…。




デートの誘い方を失敗した件で極端に落ち込んでいて、午前中に彼女と会話もなかった。もう、声を掛けることすら自信をなくしていた。



ひと段落してから、お昼に行こうと周りに声を掛ける。すると、彼女がスッと立ち上がって通行を邪魔するような格好で目の前に立って言う。



「わたしも一緒にお昼行くー」



その彼女の一言に動揺したものの、ちょっぴり幸せ気分が戻ってきた。たぶん、彼女が考えていることは“デートするにはまだ早い段階”ってことで、もっとお互いを理解してからじゃないとデートできない。「焦りすぎ!」って感じたのかな…。



そして2人きりで会社を出て、彼女が何を食べようか聞いてくる。



「蕎麦と中華…、どっちが好き?」


「どっちでも良いけど、中華はあんまり良い店知らない」


「そっか、わたしの今の気分は辛い物が食べたいんだよね」


「うん?どうして?」


「いろいろ相談とかもあってさ」


「どんなこと?」


「あとで言う…」



そのあとも雑談をしながら中華屋さんに到着。彼女も初めてのお店だったらしく、ランチの値段を気にしてた。メニューを見ながら彼女が言う。



「何にしようかな」


「エビ好きなんじゃないの?」


「うん。でもね、この辛いナスのやつも食べたい。」


「エビチリとナスのとどっちが辛いのかな?」


「じゃあ店員さんに聞いて決めよう!」



で、注文するときに聞くと「エビチリの方が辛い」と言われ、彼女にこう言った。



「余計に迷っちゃったね」


「うん…。」



迷った挙句に、やっぱりエビチリに決める彼女。



「もう1回来てさ、辛いナスのやつ食べに来ないとね」



そう言うと、彼女もウンと頷く。そのあとも、会話をしながら食事を楽しむ。意外とあれ、いい感じじゃない?午前中に1人で落ち込んでいた気分は解消されてきた。彼女の表情を見ていると、すこし視線をずらしながらニコニコ笑顔で楽しそうにしてた。彼女は見ていて飽きない人だ。



「それでさ、さっきの大事な話って何なの?」


「あのね、見てもらいたいものがあるんだけど…」



そう彼女に言われて色んな妄想が浮かぶ。すこしの間、考えていると彼女から話しを続ける。



「わたしが仕事で作ったものを見て、相談にのって欲しくて」


「うん、良いよ」


「あとね、会社に対して色々言いたいことあるから、あとで一緒に考えてくれる?」


「どんなこと言う気なの?」


「不満のこととか、お金のことだよ。でも、わたしが言うと感情的になっちゃうからさ…」



そんな会話をして楽しいランチタイムもおしまい。



一緒の時間を過ごしたことで彼女のくせと言うか、1人で面白い想像を膨らませ1人で笑ったりするちょっと不思議なところに気付いた。そしてそのまま午後になり、夕暮れになり、彼女はまだ会社に対して言うことで悩んでいた。



「すごくイライラする…」



彼女はそう言う。周りからは彼女がそんなにも真剣に考えているように見えてなくて、愛想良くサービスしてくれる存在として扱われている。けれど、彼女と話していると根底にしっかりした彼女なりの考えがあることも知っていた。



「それで、どうするの?」



そう彼女に聞くと、また悩み始めた。たぶん、答えは彼女自身が持っていると感じて、それを引き出そうとした。彼女が言うには、



「今、一緒に仕事してるメンバーは今までないくらい良いから続けたい。けれど、自分が全く評価されてないから悔しい。それに、弱気になったまま辞めていくのは嫌だし…」



と、話してくれた。そのまま一緒に悩み続けたけど答えは出なかった。そして彼女はそのもやもやした気分を断ち切るように元気良く言う。



「もう、遊びに行こっか?」


「そだね、気分転換になるし」



そして、一緒に仕事してる3人で居酒屋に行くことになる。





「今度こそ、デートしない?」



あまりに唐突に切り出したので、完全に失敗した。話の流れに任せた自然な感じで「じゃあ今度行こうか?」くらいで良かったのに、あからさまにデートの意識を持たせちゃって自己嫌悪。会社の女の子の答えは、



「良いよ」



って返事だったけれど、誘い方がスマートじゃないし、下心っぽさが見えてしまった気がする。たぶん、女の子を誘う場合には意識させたらダメで、あくまで相手の話に合わせつつ自分も共感みたいな態度をとって誘う方が良いと思った。



その会話のあとで話を膨らませて、予定を決めようと焦ってしまう。もうダメだ。



「じゃあさ、いつにする?」


「今度ね、友達と焼肉パーティあるからそれ決めてからで良い?」


「焼肉パーティ?」


「そう、友達が子供産んだから一緒に焼肉食べてお酒飲んだりするんだ」


「うん、わかった。じゃあ、あとで良いや。」


「ごめんね」



もうダメかもしれんね。



基本的に女の子は行きたくなくてもNOとは言わず、スルーをしたり忘れたフリをする場合が多い。そのため、こういう答えの場合はデートできる期待値はとっても低い。



彼女の話を聞いて思ったことは、周りが結婚していき焦る気持ちもあるだろうし、なんかこう弱みに付け込んでいっているように思えて自分が嫌いになる。ちょうど彼女が弱っているときに会ったのだけど、そういう関係になりたくて彼女に優しくしてきた訳じゃない。それがこう一瞬で、下心に変わって見えてしまう。



恋愛なんて自己中心的なもの


互いに想い合っていて…なんて、理想にしかならない



それに最近の彼女は自分よりも後から入った上司に頼ることが多くなって、どことなく寂しい気持ちになる。会社自体か、それとも社会全体の暗黙なのか、やはり信頼されるには“年齢が高い”ほうが説得力があるらしい。判断基準は“中身”じゃなく“年齢”。彼女もそれと同じ考えみたいでちょっと嫌になる。くだらない。



だけど、少しだけ良いこともあった。朝の何も解決しないくだらない会議が終わって、彼女に話しかけた。



「今日、あれだね」


「うん?」


「服装…、似てない?」


「あ、そうだね。二人ともボーダーだし。」



「そうそう、たぶん着てくるんじゃないかと思って…」と言おうとすると、彼女から似たようなことを言われた。なかなか気が合う。そんなこともあったけど、もうデート誘うの失敗してるしもうダメかも。決めたことが一瞬でも計画通りに上手く進まないだけで極端に自信を失くす。どうでも良くなる。



もう一生涯、自分に彼女ができる気がしない。





“意識的に目を合わせることで女の子にアピールする”




今までも対人恐怖症な面があるので、人と目を合わせる行為は苦手だった。特に女の子に対しては勘違いされないように目は見れない。自分が傷付くのが怖いから、いつも自信なさそうに俯き加減で話していた。



そんな時に、女の子にアピールするには目を合わせていくことが重要だと教えられた。相手の目を見れば嘘を付いたか分かるなんて言うし、逆に目を合わせて話すことで信頼や安心という気持ちが芽生えるんだろう。過去に異常なほど常に目だけを見て話す女の子もいた。



そういう訳で会社の女の子に対して、意図的に目を合わせにいった。



よく観察していると、意外と会話中にもこっちの目を見ているんだなと感じた。普段はぼんやりとしか彼女を見ていないけど、近くで見ると思ったより目付きが鋭いタイプ。それは、話の内容が会社に対しての不満や愚痴を含んだ内容だったからかも知れないけど。




「土日はテレビ見ながら、ずっと会社の問題ばっかり考えて全然休めなかったよ」



そう彼女は言っていた。ここはデートに誘うためのフラグだったのかも知れない。普通に流しちゃったけどさ…。明日くらいに「今度こそデートしない?」と誘ってみよう。



目の話に戻ると、意外と目付きが鋭いときもあれば優しい感じに戻るときもある。もう仕事も終わるだろう頃に彼女に話しかけに行く。



「もう、帰ろうかなって思うんだけど…」



そう、彼女に言うとすぐに答えが帰って来る。



「うん…、良いんじゃない?」


「他の案件とか大丈夫?重なってない?」


「えとね、うーん。これと、これと…2つくらいだから大丈夫。」


「そっか」



そのときの彼女の目はそんなにキツく感じなかった。そして、彼女と翌日の打ち合わせをする。



「じゃあ、こんな感じだね」



そう言うと、うんと頷く彼女。



「…」


「…」



何か言い忘れてなかったかな、と彼女を見ながら考える。その何かを待つようにこちらを上目遣い気味に見ている彼女。その数秒の間見つめ合う。その沈黙をやぶるように切り出す。



「…かえる」


「うん」



彼女に目を向けながら半歩進んで



「じゃね」



と言うと彼女も目を合わせながら言う。



「お疲れさまです」


「うん、お疲れさま」



そう挨拶したあとでも、まだ目が合ったまま。結局、そのまま歩いてパーティションで視線が遮られるまで目が合っていた。



これは、あれだね。彼女は完全に“ほの字”だね。



以前にも、3回くらいこの手の見つめ方をされた経験がある。すこし上目遣い気味に、目を潤ませたような。憧れみたいな目で見てくる。漫画的に言うと、「ポーッ」と顔を赤らめて見つめるみたいな。上手く言えないんだけど…。



今はもう結婚してしまった女の子からは過去に二度あった。電車で一緒に帰ったときに、その女の子と正面で向かい合うような形になったとき。そして、もう一度は偶然会社帰りに会って「歩きながら考えごとしてたの?」なんて声かけられたあと。甘えるような声出された。



そのときも、その子には彼氏がいたわけだし、やっぱり自分の勘違いみたいだったけど。



あとは、今の会社の女の子。彼女の問題解決に走っていたら、まさに“ほの字”で見つめられた。どうもこの表現は古いみたいだけど…。今回こそ、勘違いじゃありませんように。




自分が上京した理由に“行動が制限されるから”と考えていた時期があった。女の子と仲良くなりたくても、見えない境界線があり心のどこかでブレーキをかけてしまう。このままじゃダメだと思っていたし、それを変えるためというのも上京の理由のひとつだった。



今の会社の女の子に対してはデートに誘えそうなので、前もって下調べをしてきた。



まずは駅前で待ち合わせ。上野公園とゆっくりと歩いて美術館に。彼女は自然が好きだから良いコースだと思う。多少、歩くのが残念だけど…。女の子とデートするときには歩く距離は少ないほうが良い。なるべく、疲れさせない。



そして上野から有楽町へ。自分のよく知ってる場所なら案内しやすい。けれど、張り切りすぎて色んな場所に連れて行こうとすると女の子は疲れてしまう。今回は雑貨とインテリアを見れるお店に行く予定。広い場所じゃないけれど、「イスが好き」と言う彼女にとってはゆっくり見れた方が居心地が良い。彼女にソファやインテリアの話をよくするし、自分らしさもアピールできる。



そのまま、100mくらい進むと居酒屋さんに着く。ここで彼女の好きなお酒を飲ませる。正直なところ苦手分野。お店は庶民的で“完全にデート!”みたいな個室とかじゃない場所で、気楽に楽しめる場所に設定した。混まないように予約しておけば完璧。



あとはそのまま酔わせてお持ち帰りな展開に…。



ならないだろうな。初デートだし。いや、彼女との初デートって意味じゃなく、人生の中での初デート。さらに正確に言えば、人生の中で初めて独身の女の子とデートする。だから、中身は思春期の中学生レベル。



酔わせてどうこう出来る段階ではないし何もないだろう。でも、もしかするともしかしてのことを考えて、部屋に連れ込む展開とかになる可能性もあるし、予行演習をして妄想だけは膨らませておこう。




考えてみれば女の子とデートの約束をしてデートしたことって一度もない。仕事関係で女の子と2人で行動するくらいが精一杯。だから、デートってしたことない。



自分に自信が持てなかったし、女性恐怖症だったし、行動することが億劫になっていた。幸いにして、今の会社で仲良くしてくれる女の子は芸術が好きなタイプだから話が合いそうだし、評価もしてくれる。私生活や趣味嗜好に関しては反対向きだけど、逆に足りない部分を補い合う関係っていう考え方もありかもしれない。



あとは考えるより行動。



「そうやって冷静に分析するのは良くない癖だよ、もっと素直になりなよ」



映画の話をしててどういうシーンが泣けるのかということを語っていると、彼女に言われた。考えすぎは良くないと彼女は考えているのか、旅行とかも行きたいと思ったらすぐに行くらしい。ワイルド



「うじうじ考えたりするのが嫌いで、中途半端なのが凄くイライラする」



彼女はもともとお嬢様系の女子高に通っていて、大人しく清楚に振舞っていたけど、その反動か今では「もっと自由で良いんだ」と開き直って行動していると言っていた。だから、煙草を吸ったり悪そうなことをするんだけど、根本的な部分では人の話を何でも真に受ける素直なタイプ。



「なんか説得されやすいから、下手したら浄水器とか買わされそうだよね?」



と彼女に聞くと目線を上にずらして、よく考えてから言う。



「そう見える?でも、そんなことないよ。わたしはお金の無駄遣いとかしないしね」



そう言いながら、2人で飲みに行ったときに「最初だから」と奢ってくれる彼女。割り勘で良いとアピールしたのに払わせてと言う彼女。優しすぎるほど優しい。





「ソファを買おうと思ってるんだけど…」



会社の女の子にそう言うと、興味深そうな顔で表情を覗いてくる。



「どんなの買うの?」


「いろいろ見てるんだけど、迷っててさ」



そして、彼女に相談に乗ってもらう。



「ねえ、いくら位の買おうとしてるの?前に言ってた給料一月分くらい使ったりするの?」


「いや、それはしない」


「だったら安いのでも良いんじゃないの?」


「でも、座り心地が全然違うしやっぱり高いの買うかな」


「いくら位?」


「7、8万くらい…」


「それでももったいないよ。そんなにお金持ちなの?」


「そうじゃないけど、良いものが欲しいじゃん」


「お金持ちのボンボンなのかと思った」



お金の使い方にもポリシーがあって、彼女には「無駄な消費は一切しない」というルールがある。節約が好きでいらないものは絶対に買わない。使うときと言えば、旅行とかお酒とか人付き合いとか…形のない思い出ならお金を払っても良いと言っていた。



逆に自分の金銭感覚は、欲しいものがあったときに買えれば良い。必要なときに必要なだけあって、困らなければいくら使っても良い。人にプレゼントするためにお金使ったり、本を買って勉強するために使ったり、わりと雑費も多い。



金銭感覚の違いは生活の違い、趣味や嗜好の違いに大きく繋がるような気がする。



それに女の子は話を合わせるという行為をたくさんしてくる。仲良くなれそうな距離に近づくために無意識のうちの相手に合わせる。それが無理に続くと認識がずれてきて、気付いた頃には軌道修正できない関係になることが怖い。彼女から想われているうちは気にならないことだけど…。



そして女の子は妄想と違って、こちらの内面や考えていることを深く読み取ろうとはしない。だから、自分のことをアピールすることは大事だし相手に理解させなきゃいけない。そして、自分にとって必要だ。欲しいんだとストレートに言えないと付き合えない。今まで付き合った経験ないけど…。



あとは行動してみる。女の子の待ちの姿勢を崩さなきゃいけない。なのでデートに誘う。会社の女の子だから毎日のように会っているけど、休日に会うのはやっぱり特別な気分になれる。



前に彼女を誘ったときには、OKを貰っておきながら中止なんて散々な結果だったけど、再度アプローチを変えて誘おう。


ひも - 迎撃blog




「暇なときで良いから、デートしない?今週か、来週末あたりに…」



そう彼女に聞いて、何日にデートするか具体的に決める話になれば成功で、日程を決めないままの関係ならアウトみたいに。相手に選択権を譲る。あまり男らしくない方法だけど。



上の話とは全然関係ないけれど、前に気になってた彼女と独身男と、それを聞いてる人の会話。



「何だかんだで2年くらい一緒に仕事してない?」



独身男が彼女と馴れ馴れしく、もう自分のものだと主張するように彼女に言う。それを冷たい感じで受け流す彼女。



「うん、そうだね」



そして、聞いてるもう1人が聞く。



「じゃあもうお互いのこと良く知ってるんだね」



と、そこで独身男が嬉しそうに言う。



「彼女の背中のほくろの数も知ってます」



それを聞いた彼女が、



「そうコイツ、わたしよりそういうの詳しいんだよ」



と笑いながら答える。



背中のほくろの数を数えるシチュエーションが分からん。もう、そういうことしか考えられないけど完全に嫌ってる感じだし、もしかして前に付き合った?という説は以前否定されたような気がするし、一度くらい何かあった?説とか…。それを考え出すと死にそうになるから、深く考えないけどたまに思い出されて心をえぐられる感覚に陥る。


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そういう得体の知れない不安を解消したいがために、彼女とデートしたいのかも知れない。好きとか嫌いとか考える前に、なんかこういろいろ知りたい。





「ここは、こうして…」


「じゃあ、こっちはどうするの?合わせる?」


「わたしは、合わせない方が良いと思うけどどう思う?」


「うーんと…」



会社の女の子の案件を手伝うことになって、彼女からいろいろな指示をしてもらう。彼女の側に座らせられ、机に修正指示を置いて話をする。経験はないけれど、家庭教師のお姉さんに勉強教わってるような気分。悩んでいると彼女は顔を近づけ表情を覗き込むかのように話す。



「ねえ、どこが分かんないの?」


「ここなんだけどさ…」



とペンで分からない場所を指すとさらに2人の顔の距離は縮む。その距離、数十センチ。すこしの緊張感。狙っているのか、一生懸命だからなのか分からないけど一番近い距離にいる。完全にパーソナルスペース。他人には入って欲しくない距離。



「ここはこうで、こうしてね。」


「わかった、やっておく。」



その後言われたとおり修正し、彼女に見せた。「ありがとう」と言われ、内容を確認する。



「ここは、もうちょっと、こんな感じで…」


「うんうん」



もう一度彼女の指示を聞いて修正したものを2つ用意した。1つは自分ならこっちを選ぶだろうA案。そしてB案は、彼女が「この方が良くない?」と指示したもの。その2つをクライアントに選ばせた。



後日、電話がかかってきて、彼女が報告にきた。



「こっちの、B案だって」


「もう決まったんだ」


「うん」


「A案の方が無難だしそっちが選ばれるかと思ったけど、さすが分かってるね。やっぱり才能あるんじゃないの?」



そう聞くと、嬉しそうな表情をする彼女。今まで、彼女は自分がした仕事に対しての自信が持てていなかった。それは、周りの人間が彼女に対して「出来ない」というレッテルを貼っていて、そのことを繰り返し刷り込まれるように何度も言われ自信喪失していた。



しかし、彼女と一緒に仕事をして「出来る人」だと確信した。彼女の周りの営業らの方が仕事をできていない。都合よく雑務を押し付けたいがために「出来ない」と言っているようだった。だから彼らに対して自分は威嚇するように牙を向けていたら、「あいつは気に食わない」という判断をされ無理難題をふっかけてきていたんだろう。



とにかく、彼女の自信を取り戻させるために行動をした。彼女と仕事をすることは楽しいのだけど、他の人間や仕事自体に興味がない。その両者を天秤にかけてゆらゆらしている状態。上手くデートにでも誘って、早々と今の仕事に見切りをつけて互いに違う職場で新しい一歩を踏み出せたら良いのにな。



とか、そんな甘い考えをめぐらせながらデート情報誌のようなものを読んでいたら虚しくなった。こういうものは彼女がいて、一緒に決めるから楽しいんじゃないかと…。





「“仕事を振るのが面倒になって効率が落ちた。それで、結局お金にならないんだよ”…ってわたしに言ってきて、“やっぱり良くないよ、今の体制。あの2人を辞めさせるならそのこと社長に言ったら?”って裏で文句言ってきて、もうたまんないよ…」



と、すこし涙で潤ませたような湿っぽい口調で会社の女の子が言う。可哀相に。



ちょうど制作部署だけでの会議でそんな話題を彼女はポツリポツリ言い始めた。ちょっと泣きそうになりながらだったけど、彼女は『もう誰を信じれば良いか分からない状態』と何度も繰り返すように言った。この問題は相当根深い。そして、この会議のおかげで繋がる点が見えてきたので仕事のことを書こうと思う。



まずは、少人数の会社であること。営業の上司が怒鳴るような荒っぽい人であること。その営業の立場が強く、制作の立場は弱く頼りない。そんな会社に3月から勤めている。最初は、試すような難題をふっかけられたが、ここは実力の見せ所とばかりに難関を見事に突破して上司に認められた。これで、質の高い仕事ができるだろう。そう思っていた。



その後は、会社の女の子を助けるために愚痴を言ったり、営業の文句を言ったりしていた。たぶん、それを彼ら営業が気に食わなかったんだろう。彼らの小さなプライドを傷付けたんだろう。いつか、コイツを黙らせてやる、辞めさせてやる。そういう考えを本音に隠して、表面上は笑顔で振る舞っていた。



「すごいねー、今度一緒に仕事しようね」



そう言いながら笑顔で近づいてきて、気付いたら



「2、3日でブースに貼るパネル10枚作れ!」



と、そんなの真面目に考えたら徹夜しなきゃ無理なレベルの仕事の振り方。「ふざけんなよ」と思いつつ、これまた才能を発揮。以前、毎月のように20以上ある施設の折込作ってた制作速度を見せつけ、徹夜することもなく問題解決。しかも、8時過ぎには帰るというマイペースぶり。



もう、これを見てさらに営業は頭に血が上って「絶対潰す!」レベルまで言ったんだと思う。



そのあとも雑事を頼まれる。あれが欲しい、これが欲しい。



営業「ユニフォームも言葉じゃ伝わらないから、2頭身じゃなく実際に近いサイズでイラスト書いて。」


自分「わかりました。(イラストレーターじゃないのに…)」



と心の中で思いながら、本気を出してプロ並みのイラストを書いた。あまりに出来が良く見えたせいで、仕事振った本人が驚いていたくらい。



営業「あと、天井に貼るビジュアルサインも外注データで使えないからさ、作って。」


自分「たぶん、この見本のように上手くはならないんだけど、レンポジ使っても良いんですか?」


営業「いや制作費ないから、フリーので作って。」


自分「まあやってみて考えます…(バカか)」



と心の中で思いながら、フリー素材探して合成したら2時間程度の作業でこれまた見事に完成した。作業時間が足りないことでクオリティが問題だったけれど、これも見せたら出来が予想外に良かったため営業が驚いていた。それで、さらに負けた感を彼らが感じてしまったんだろう。



営業「これさ、解像度って大丈夫?」


自分「(いや、あんたがフリーで作れって言ったんだろう)…いちおう、最大サイズで作ってます」


営業「そうなの?それで、使えるの?」


自分「まあ、大きく貼るサインだしそんな近くで見る奴いないから、解像度は少なくても問題ないと思います。」


営業「ふーん、そう。」



どうやっても彼らは優位に立ちたいため、ミスを誘おうとしていたように見えた。今にして思うと、この無謀なプロジェクトを振ったのはそういう理由に思える。だが、予想外に躓かせることさえ出来なかったため、彼らも焦ったろうな。



あとから聞いた話によるとこのプロジェクトの制作費、実質0円。会社からお金振り込まれるし、関係ないけれど気分は良くないな。その話を聞かされた女の子が自分以上に腹黒い営業のやり方に苛立っていた。



その件のあと、たまに彼らが処理しきれない案件がたまにポツポツ仕事するくらいで、それ以来ぱったり営業が静かになり、暇になってしまった。特に関心もなく、仕事のクオリティを無駄に引き上げてみたり本読んで勉強したりしていたけれど、やっぱり彼らの中で「アイツは気に食わないから、仕事振りたくない」という話になったんだろう。



その考えに至ったのは、冒頭に書いた彼女が声を潤ませて言った言葉を聞いてようやく繋がった線。彼女は悔しそうに言う。



「もう、わたしは誰を信じれば良いのか分からない…」



この会社は、営業意外は外出禁止なのかクライアントに会ったことがなかった。そのことを社長に言うと、そんなことはなく「どんどん外に出て良い」と話していた。自分も彼女に対してのアドバイスとして、



「もっと外に出て、営業じゃなくてクライアントの話を聞くと良い仕事が出来るんじゃないの?」



そう言っていた。何度か彼女も外出できたのだけど、それも上手く利用された感じに見えたし実際そうだった。彼女に対して言うだけじゃなく、自分もクライアントに会っておかなきゃ口だけだなと思っていたのでタイミングよく新規の案件に対して営業の独身男に話をした。



「それで、明日一緒にクライアントのとこに行きたいんだけど…」


「…」



少しの間。彼は自分のモニターから目を離さずに、こっちの目すら見やがらない。そして言葉を放り投げるように言う。



「だそうですけど、どうしますか?」



と、上司に報告。上司も絶対に良い顔しないと確信して、そうしたんだろう。じゃあ、自分も上司に許可とっておくかと、側に言って説明する。その上司からはクオリティの高いものを作れる人だと思われているから、独身男の予想を裏切って少しの修正指示だけ受けた。



「じゃあ、そこだけ直しておきますね」



そう言い残し席に戻った。と、言うのも行くのか行かないのかハッキリしない状態にしておいた方が行動しやすいからだ。会うのをダメとは言われていない。そんな訳で独身男に、彼からも嫌われているのか知らないけれど、嫌がらせのように付きまとって仕事を奪うくらいの勢いで行くことに決まった。



「長いものには巻かれろ」をモットーにしている独身男になんて負ける訳がない。



と、思いっきり迷惑かけつつ辞めることを考えている。こんな、少数で子供の喧嘩ばかりしているような会社じゃこの先長く続くわけがない。嫌がらせもしてくるだろう。本当にくだらない会社。タイミングよく抜けられるように、他の会社にアピールしておこう。



ただ、そこの会社の女の子だけ取り残されたら可哀相な気はする。彼女も近いうちに辞めるだろうと思う。けれど、彼女を利用したいと思っている人たちに引き止められて真に受けてズルズル続けるような弱さも感じているから、不安だけれど…。




会社の女の子と土曜の飲み会の件でいろいろあったので、怖いから距離を取ろうと考えていた。それを彼女は察したのかどうか、午前中は短いコミュニケーションばかりだった。



そして午後、彼女の席に行き見せたいものを渡すと、流れの止まっていたダムが決壊するかのような勢いで会話が弾んだ。嬉しそうに話す彼女の印象が何か違うと思ってよく観察すると、彼女のファッションがいつもと違う。服の色は若草色で、それは最近自分が気に入ってる服の色。少し色を合わせようとしてるのかなと、わずかに感じた。



先週の土曜日、お酒の入った席での彼女の言動は強烈で、明らかにキツい表現を使い相手を罵倒していた。その印象と今の楽しそうに話すギャップというのが自分が感じている違和感でもある。自分が彼女の言葉で傷付くのが怖いとも思った。



その日の帰り際に何気なく彼女との会話でその話がされた。暗いところだったので彼女の表情までは読み取れなかったけれど、照れを隠したように恥ずかしそうな表情に見えた。



「だってわたし、イライラしてたから」


「だから、意外にキツいこと言うんだなーって思って」


「うんうん」



とすこし納得する様子を見せる彼女。たまに口が悪いと言われているし、お酒の席ではそれが顕著にあらわれ彼女自身もそれを自覚しているようだ。



「でも、わたしも今までの3年以上のイライラをぶつけたからね」


「そっか」



彼女の今までの立場は決して良いとは言えず、犠牲になっていたことも知っているので、どうしてここまでキツい言い方をしたのか理解できた。そのあとも彼女の相談にのって話を切り上げた。「じゃあね」と言って彼女の前から立ち去る。そんな後ろ姿を見送るような形で彼女が言ってくる。



「ありがとね…」



彼女の言葉に大きく頷くような行動で応える。ここで、上手く表情が作れていればカッコいいけど、そこまでの自信はない。彼女が理解してくれてると良いけど…。




予定されていた社葬に参加して、そのあとの付き合いでの飲み会まで参加してきた。意外にがんばってみた。お酒の席では本音が出るのか、わりと会社の女の子と合わない部分も多く思えた。自信喪失。



派遣で働いてる30過ぎの独身女性、どんな人がタイプなの?と聞かれて答える。



「わたしは、普通の人が好き」



そこで、目の前にいた会社の女の子が合わせるように



「わたしも、わたしも…」



だって。全く飲み会に馴染めてない自分は普通じゃないわな。頭おかしい。たまに自分がおかしいのか、周りがおかしいのか訳が分からなくなる。誰もが飲み会を楽しめるはずないんだから…。



で、定番のあれも出た。逆に男から聞かれたのだけど、2回くらい聞かれた。いつものあれ。



「彼女とかいる?」


「いないです…、今は。」



今は、とか付けちゃった。この手の質問よくあるけど意味ないだろ。いるっていってもそんなに話膨らまないし、いないって言ったらそれこそ冷めるし。彼女という存在を作るのは簡単じゃないし、自分の意思だけじゃどうにもならない。まじでやめろ。



「どのくらいいないの?」


「え、えー…。まあまあ。」



なんて答えたら変な空気なったろ、ふざけんなよ…。「マイペースだよね」とか言われた。そういう問題じゃなくて、冷静に考えて自分の頭がおかしいんだろうな。



会社の女の子の悪い部分なんかも見え隠れしたし、逆にその馴染めない自分を見られたしもう全く自信ない。こうして勝手に冷めていって距離をおく。もう根本的な価値観が合わない気がしているし、やっぱり彼女はまだ出来そうにないな。なんて、ボーっと考えことしていたら女の子に話かけられる。



「この飲み会に参加するなんて思わなかったよ」


「ふーん」



もう、こういう勝手なキャラ設定とか変な気の遣われ方って大っ嫌いだ。




  1. 共通の趣味を持つ

  2. 情報源は豊富に

  3. 行動あるのみ



まずは、共通の趣味を見つけてみる。彼女が好きな分野は芸術で、



「柳宗理とか好き」



と熱く機能美について語っていた。彼女と情報誌をめくりながら話をしていると



「バウハウスも好き」



と語っていたので、これは誘ってみるしかないな。



「今、展覧会みたいのやってるよね」


「そうなの?」


「うん、だから情報誌載ってるんじゃないかな」



なんてことまでは言えたけど、その場で上手いこと誘えなかった。完全にタイミング逃していたんだけど、また誘ってみる。


バウハウス・デッサウ展 BAUHAUS experience,dessau



次に情報源。ネット生活をしていると偏った情報ばかり得てしまい、女の子を誘うための場所なんていう自分の生活に直結していない情報ってなかなか得られない。デート関係の雑誌を読んですこし情報収集かけておこう。あとは気になるものに関してネット検索しておけば大丈夫なはず。



最後に行動あるのみ。とにかく、どこでも誘ってみる。暇さえあれば誘ってみる。美術館でも雑貨屋でもインテリアショップでも、カフェでもスイーツでもどこでも



「とりあえず、一緒に行かない?」



とアピールしていく。デートを重ねて行けば、リア充にレベルアップできるはず…。




今日は会社の独身男に誘われている女の子編から始まる。よく2人で仕事をしているので、周囲には仲良くみられる関係。ことあるごとに彼女に出先から電話掛けたり、仕事の近況報告をしたり、とにかく良く絡んでいる。今回も独身男の方から彼女に声を掛ける。



「この前のやつ、クライアントの評判も良かったよ」


「本当に?嬉しい」


「うん、3回くらい出稿してくれるってさ」


「やったー」



と、椅子に座ったまま伸びをするような姿勢で喜びを表現する彼女。そのまま、彼女が続けて言う。



「なんか、ご褒美ないの?ボーナスとか」


「ないない」



とあっさり独身男に否定されてしまう。その後、男が気付いたように「あ」と発音する。



「じゃあ、フランス料理おごってあげる」


「あー、あれね」



前から約束してるらしく、彼女もすこし楽しみにしているようだ。そんな関係を見て、すこし寂しい気持ちになる。さらに、独身男が続けて言う。



「2人きりだからデートになっちゃうね」


「デートじゃない!」



と、急に強い口調で否定する彼女。周囲に対してその男を嫌いだと言っていたようだし、彼女にとってはご馳走が食べれれば満足なだけで、それ以上の特別なことは考えていないようだ。それでも引き下がらない独身男。



「でも、デートだよ」


「もう、ちがう!」



と、その本気で嫌がるような彼女の声が大きかったせいか周りから徐々に反応があり、独身男がみんなにフランス料理を奢るというオチがついたみたいだ。



ひも - 迎撃blog


これに対して自分とその女の子との会話では



「デートしない?」


「うん、いいよ」



と、普通に優しい感じで返してくれた。これは、フラグ…!



今日も2人で二度目のランチ行って色々話せたし、彼女との距離は近づいてきた。あとは、ここから関係を発展させて同棲するまでのルートが全く想像できない。そもそも、付き合った経験がないからスマートなデートとか知らないし。上手く導いていかないと友達止まりする可能性もある。



夏に花火に誘って浴衣でデートするくらいの関係にもっていく。そしてその夜に、ひと夏の思い出作りをできたら思い残すことはないけど、そんなに上手くいかないだろうな…。




いつもながら会社の女の子の話なんだけど、孤立はしないまでもあまり雑談に混ざらない印象があった。というのも、雑用に追われてそれどころじゃない。だから、自分の雰囲気にあってないと言っていた。けれど、今日も昨日も彼女の席に言って話を聞くと色々話してくれた。



ほんとに女の子って話すのが好きなんだな。なんて、思いながら相槌打ったりしていた。そのあと、お昼の間に急用があったらしく携帯に彼女から連絡がはいる。けれど、電波の都合ですぐに途切れてしまった。戻って彼女に聞いてみた。



「掛け直したんだけど、電話中だったの?」


「あ、さっきね。そうそう。」


「なんかさ繋がらないんだよね、掛けてみる?」


「うん…」



彼女から電話を掛けてもらう、すぐに着信するけど通話時間数秒すると勝手に途切れてしまう。不思議そうな顔をして彼女が言う。



「なんでだろう?」


「相性悪いのかな?」


「…」



何も応えない彼女。普段、彼女との相性は良いので、悲しい気持ちになっているのかななんて考える。



「ていうか、わたしね。」


「うん」


「キミが切ってるのかと思った」


「え、そんなことするわけないじゃん」


「人格変わるのかなって…」


「ないない、相性だよ」



で、結局SoftbankとWillcomの相性が悪いという話に落ち着いた。良かった良かった。



そんな会話のあった日の終業時間。話しやすい場所にいる彼女に挨拶する。



「あのさ、帰ろうかなと思うんだけど…」


「うん…」


「まだ、帰らないの?」



いつも帰る時間が遅い勉強熱心な彼女を心配して声を掛ける。すると、彼女は少し笑みを浮かべて言う。



「また飲みに行っか?」



おとこっぽい言い方で誘われた。冗談なんだろうと思い、そこから数十分程度雑談して、普通に帰宅。女の子は雑談好きなんだと改めて思った。そのわりに質問は思うほどされない。こう、気持ちとかグイグイ突っ込んで聞いてくる女の子が好きだったりするんだけど…。



今日、午前中は一言も会話しなかったけれど、午後の落ち着いた頃に彼女に話を振ったら午前中の時間を取り返す勢いで話を聞かされた。本当に女の子は話好き。もう、あれこれ聞いてもらいたい。共感してもらいたい。そんな印象だった。



まあ、そんなに興味ないから帰るけど、なんて思い彼女に声をかけた。



「あのさ、帰ろうかなと思うんだけど…」


「だめ。」





会社の女の子と約束していた今週末のデート予定がキャンセルされた。



それは別に彼女の都合でどうこうという問題ではなく、土日に社葬がおこなわれるという突発的なものだから仕方ないんだけど。ある意味で、人生初デートを楽しみにしていただけ残念。ここまで恋愛運がないとは…。



デートコースを簡単に下見したり、部屋の掃除を完璧にこなして、もしものことを考えてお風呂まで掃除したのに全くの無駄だった。




“彼女が欲しい”というのは具体的な対象が存在しない状態で


彼女という役割の相手だけを求めている




「彼女にしたい」と思える存在に出会わないと、彼女なんてできない。ただ漠然と彼女が欲しいと言っていても仕方がない。頭で考えずに行動して、何度もデートをして、相手を彼女にしたいと思ってから付き合う。恋愛は複雑で難しい。



「わたしは、無駄なものにお金使わないんだよね。物とかより思い出にお金使うタイプだから。」



思い出を作るのが大好きな人だから、好機を待つより行動あるのみ。恋人への発展なんて想像もつかない世界だけど、またデートに誘ってみるか…。