考え方の大人と子供
くだらない会話。周りの人間が集中して仕事をしているときでも、気を遣うことなく中身のない会話を延々と続ける。そのうち静かになるだろうと思ったけど、そんな気配がまるでない。あまりにイラついたので、もう仕事する気力すらもなくなる。
彼女の席に行って言う。
「ひと通り仕事片付けたし、かえろっかな…」
「そうなの?あ、これ。みてみてー」
と、彼女のしていた仕事状況を見せられた。モニターを覗き込むようにして言う。
「うん!悪くないじゃん」
フフフと笑いを含む彼女。
「それでさ、あれ酷くない?」
と、周りで騒いでる連中を指していう。
「でしょ?」
「あり得ないよね…」
「うん、でもいつものことよ」
そう明るく言う彼女。そのあとに、「あ」と発音してからこう言う。
「そうだ、データの整理ちゃんとしてる?」
「なんか問題あった?」
「うん、わたしが見たときデータ入れ忘れてたよ」
「それなら、さっき入れといた」
「じゃあ、大丈夫。うん。」
「そう言えば、きちんと昔のデータもまとめてたね」
「だって、誰もやらないんだもん…」
彼女が関わった案件の仕事に関して、誰が見ても分かるようなデータ整理の仕方をしていた。それは、この会社自体の何年にもわたる問題で、データをまとめることなんて誰一人としてやっていなかった。そのことで問題が起こるたびに誰かが責められ、結果的に人の出入りが激しい会社となっているらしい。
そう、彼女はそんな誰も見てないところで努力をしているにも関わらず誰からも認められてはいない。対称的に周りの人間は、『くだらない会話』で馬鹿騒ぎしている。健気な彼女を見て胸が熱くなる。
「がんばってるんだね」
そう彼女に伝えると、うんと小さく頷く仕草を見せる。そんな、ありきたりな言葉で彼女に対して思っている気持ちを表現しきれなくて、2人の会話に少し間があく。そんな間にすら騒いでる声がはいってきて、思わずため息を吐く。
「なんかね…」
「うん?」
表情を読むようにこっちの目を見つめる。
「可哀相だね」
それをまた微笑みながら聞いてる彼女。もう、ほんとに無理しなくて良いんだ、あんな馬鹿連中のために苦労して身を削ってまで仕事することないんだ。そんな気持ちだったんだと思う。けれど、何て言えばいいか分からなくなって言葉に詰まる。
彼女にかける労わりの言葉を探しながら言う。
「なんかさ、見ててもう泣きそうになる」
「っていうか、もう少し泣いてるじゃん」
「だって悔しくない?」
すこしの間、考えを巡らせて言葉を探す彼女。
「悔しいよ」
「もう無理しなくても良いんじゃない?」
どうも彼女は頑張りすぎる癖がある。今頑張っているのは自分のためで、今まで働いた3年間を後悔しないためだと教えてくれた。今は基礎を教えてくれる人たちがいるし、周りで騒ぐ彼等のために仕事をしているわけじゃない。そんなことを言われた。
納得できないところもあるし、「それでも…」と反論したかったけど、純真な彼女を見ていると上手く言葉にすることが出来なくなり感情が先走ってしまう。だから、彼女が今している仕事に対しての基礎的な部分をたくさんアドバイスしてあげた。
そのまま一時間ほど話していたと思う。
「お腹減ったー」
そう言う彼女に差し入れ買ってこようか?と提案する。乗り気な様子を見せる彼女。ちょっと行ってこようかと真剣に考えてると、
「本気にしちゃう?」
とからかわれた。そのあとで帰ることを伝えると、休憩をとり会社の出口までついてくる。出口の前のちょっと隠れた場所で彼女と会話をする。
『今は真剣に仕事に取り組んでいて凄く勉強になる。どんなものでも、自分のためだと思えば頑張れる。それが例え嫌いな相手からの仕事だったとしても。』
そんな彼女の考え方と反対に自分がしている仕事。
『嫌いな相手からの仕事は手を抜くし、条件が悪ければそれなりのものしか作らない。』
そう比べてみて、自分はまだまだ考え方が子供なんだと改めて実感した。嫌いな相手となんて仲良くなれないし、上辺だけでも仲良くする気はない。そう態度に出しているんだと思う。
そのあとも、ずっとお互いのことを話していて彼女の大人な考え方に驚かされた。
「しっかりした考え持ってるんだね」
「うん」
「意外と…、いや、意外でもないか」
「そうだよ」
すこし怒ったような口調で言う彼女。
「ごめん、口癖なんだ…気をつける」
そこで、フフと笑う彼女。ドアに手をかけてお腹から力をこめて彼女に言う。
「おつかれ!」
「うん、おつかれさま」
彼女の考え方を聞き出せて満足したのか、どこか晴れ晴れとした気持ちになった。そして、自分も彼女のように頑張らないといけないなと仕事に対する考えを改めた。
彼女が頑張っている姿というのを周りが誰1人として理解していないから、自分が彼女にとっての一番の理解者となりたいな、なんて甘い願望をもった。
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