人生最悪の日

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それは昼休みの時間で、お腹が減るのを仕事をしながら待っていた。そこまではいつも通りだった。あの事件が起こるまでは。



会社の女の子とその上司である愛称パパが、何かこそこそと話しているのが聞こえた。特に関係ないだろうと聞き流し、社内恋愛の気味の悪さについて考えを巡らせていた。もしも自分と彼女が付き合うとして、それを周囲から見ればすごく異様な光景であるに違いない。




“公私混合はダメ!絶対!”




そんな行き当たりばったりの結論を出して満足に浸っていたら、彼女とパパがいないことに気付く。コンビニに行ったか、ランチに行ったか、さっきの彼女とパパのこそこそ話しを思い出していた。ここからはもう思い出したくもない現実に変わる。



エレベータを使い階下に降りて、降り止まない雨の様子を見てうな垂れた。



午前中、彼女の仕事を見て言った。



「なんだ、全然出来てるし教えることなかったよ。これは余計なお世話だったね。」



彼女に渡したサンプルを指して言う。



「まあ、時間もあんまり無かったからね…」



彼女はプロジェクト全体のことだと勘違いした。そのプロジェクトはそれほど切羽詰ったスケジュールでもないし、彼女がパパに教えてもらっていたことも知っていた。にも関わらず、断る理由を時間にしたこと。これが彼女の大きな間違いだ。時間は残念ながら湯水のようにあったし、それでも彼女はパパしか頼らなかったじゃないか。



暗い気分を降り続く雨に重ねながら、意を決して外へ出た。



傘をさして店を探すために歩き始める。すると前方から歩いてくる人の群れに、どこかで見たような色の服装があることに気付いた。遠くから見て分かったのは、1つの傘に2人で入ってること。距離が近付くに連れて、今朝の彼女が着ていた服の色とパパの服装をハッキリと思い出し、前から向かってくる2人と相違ないことにも気付いた。



コンビニ帰りだと分かっていたし、普通に挨拶する気で歩いていた。2人とすれ違う距離の数十秒前、ある一点に気付いた。




“なんか、肩組んでね?”




いや、待て。よく見るんだ。あいあい傘してるから、反対の傘に手が伸びて…、違う。



それは2人のビニール傘を通してしか見えなくて、ハッキリとは分からないけれど、近付くにつれて分かった。彼女の腕がパパの脇の下を通すようにして抱き付いた状態で歩いている。パパの腕も彼女を抱き寄せるようにして寄り添って歩いている。




…!!!!!!




声にならない声を出すように、瞬時にパニック状態に陥る。その時には2人とすれ違うまでの距離は数秒もなかった。瞬間的に、脊椎反射のようにサッと傘を前に倒し、2人を視界から消した。聞こえるかどうかの距離、雨音で消されるパパの声が彼女と話していた。



「……くん、じゃない?」




それに対する彼女の声は聞こえなかった。すれ違いざま、声を掛けられたら答えようと準備をして、2人の足の動きを見たけれど、まるで二人三脚でもしてるかのように止まることは無かった。まるでドラマのワンシーンですれ違うライバルの演出のようだった。



現実から目を背けるように傘を大きく前に倒して大きく数歩進み、数回呼吸する。足を止め、大きく振り返り現実を見た。



彼女はパパにもたれ掛るように抱きついていて腕をまわし、パパも寄り添うように彼女の腰あたりに手をまわしていた。終わったと悟った。何もかもが暗闇に包まれて、雨音さえ聞こえなくなった。胸に何かが突き刺さり、血の気が引いた。



大きな絶望。



それから、朝に考えていたことが繋がった。社内恋愛の気味の悪さの正体は、彼女とパパの関係。それは誰から見ても、昼間にラブホテルから出てきた中年男と、不倫を楽しむような女に見えた。迷惑だ。最低だ。不潔だ…、ありとあらゆる罵詈雑言を頭の中にいる彼女にぶつけた。




死ねば良いのに…。




いや、もう現実に失望した自分が死のう。理想は簡単に打ち砕かれる。運命は残酷なものだと信じてもいない神様に同情を誘うように言って、運命すら変えられなかった自分を嘆いた。もうダメだと思った。何もかもいらない。全て捨てたいと思った。




それから?




彼女を汚いもののように避けて、聞きたくもない声を必死で聞こえないようにした。それでも、結果的にそれが不自然にみえるのは嫌だったし、彼女への気持ちの中にある小さな何かは捨てきれなかった。



帰りぎわに彼女に本を渡した。こんなことが起こるなんて想像もしていない午前中の自分が、分かりやすく面白く読めるように付箋を貼り、貸す約束をした本。それを彼女の席に放り投げて言う。



「これ読み終わったよ」


「なに?…ああ、それね。」




本を取り、パラパラとページをめくる彼女。そこで本とは全く関係ないことを言う。



「今日、最悪なことがあってさ…」




彼女はそれについて「どんなこと?」なんて聞いてこない。それは容易に想像が出来た。決して自分に興味を持ってくれていないし、好意も、感謝も、会話すら望んでない。渡した本だって彼女が見たいと申し出た訳でもないし、自分が見せたかっただけじゃないか。



彼女は『最悪なこと』について何も考えようともしないだろう。いや、考えても気付かないかも知れない。



こちらを見ず、興味なさ気に彼女は答えた。



「マジで?」




原因はお前だよ!


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このページは、karinがSeptember 29, 2008 12:00 AMに書いたブログ記事です。

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